能力がない、覚悟がない、責任を取らない


能力がない、覚悟がない、責任を取らない→資格がない」

放送大学「特別講義:未来への教訓~検証・福島第一原発事故~」を受講した。タイトルに挙げたのは、そのときに講師が主張した「日本が原発を持つ資格がない3つの理由」。

福島第一原発事故については「放射性物質がまき散らされた」というイメージだけが強く、事故の詳細はあまり詳しくなかったので、あらためて学ぶ必要があると思った。

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事故の経緯


事故の経緯を簡単に書くと、

津波でタービン建屋が水につかる(被水)→電源を失い、原子炉が冷却できなくなる→炉心温度が上昇、メルトダウン→水素爆発

また、地震の揺れによりベント管に亀裂が入り、亀裂部分から放射性物質(ヨウ素、キセノン)が放出された。津波が来なくても地震が原因で放射性物質が放出されていた。

技術よりも人の問題


講師が「原発をゼロにすべき」と主張している大きな理由は、技術的な問題ではなく、原発に関わる関係者の「能力」「意欲」「人格」の問題であるような気がする。それが、

「能力がない、覚悟がない、責任を取らない」

という結論になっているのだ。いくら技術的な問題をクリアしても、業界関係者のスキルが低い、やる気が感じられない、人として信用できない。

福島第一原発の汚染水タンクは保身タンク」に記したように、問題を解決する以上に「保身」にカネと時間を費やしているのが現状だ。

原発業界だけではない


わたしがサラリーマン時代に所属したのは原発業界ではなかったが、

「能力がない、覚悟がない、責任を取らない」

と思える場面は多々あった。利権(カネ)のにおいがするとスキルや能力がなくてもわれもわれもと寄ってくるが、問題が起こると蜘蛛の子を散らすように逃げて誰も責任を取らない。どこの業界でも似たような体質のように思える。ただ、一般企業の小規模プロジェクトなら失敗しても社会への悪影響はほとんど「ゼロ」だが、原発は影響が大きすぎる。

責任を取る=切腹?


日本語で「責任を取る」というと「切腹」をイメージして「解雇」「左遷」「自殺」等を強要され、メンツ、金銭、生命を奪われる恐怖がある。だから逃げたり保身に走ったりする。

「責任を取る」の意味を「切腹」ではなく「敗者復活のチャンス」という意味に変えていかないといけない。

信頼され、尊敬される村民に


原子力村の村民であっても信頼され、尊敬される人材であれば「あの人がいるから原発は大丈夫」と安心感を与えることができるはず。無能で無責任な者を排除する仕組みを作らなければいけない。

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