Kindle版の『芥川龍之介全集・378作品⇒1冊』を読んだ。
芥川龍之介の著書374タイトルと関連資料4つがまとめて200円、お得な一冊だ。
374の小説の中から「お金にまつわる話」を読んでみたくなって「十円札」という小説を読んだ。
これがわたしのなかでは「当たり」の小説だった。
お金に困っているときに手に入れたお金を使うべきか否か……主人公の葛藤が実に面白い。
「だからお金に縁がないんだよ!」と主人公に突っ込みたくなる小説だ。
主人公は「いつもお金に困っている」英語教師の堀川安吉だ。
副業で小説を書いているのだが、大して稼げない。
当時の堀川安吉はいつも金に困っていた。英吉利語を教える報酬は僅かに月額六十円である。片手間に書いている小説は「中央公論」に載った時さえ、九十銭以上になったことはない。もっとも一月五円の間代に一食五十銭の食料の払いはそれだけでも確かに間に合って行った。
金に困る理由
間代というのは部屋代、つまり家賃だ。
食費は一食あたり50銭(0.5円)だから、1日3食として1ヶ月(30日)あたりの家賃と食費を計算すると、
5+0.5×3×30=50円
となる。
月収が「60円+小説の印税」だ。
収入が60円+α、支出が50円+αだから、最低限の生活を送っても赤字にはならない。
では、どうして「いつも金に困って」いるのか?
週に1回は東京へ出かけていた。
安吉の勤務先は「海軍の学校」なので、おそらく彼の住所は横須賀※1ではないだろうか。
週に1度、横須賀から東京へ出かける。
東京では音楽鑑賞したり、友人と付き合ったり、デートしたり……。
つまり、いつもお金に困っていたのは趣味の出費や交際費がかさんでいたからだ。
カネが不足すると原稿料を前借りしたり、家族から借金したりしていたが、やがて前借りができなくなり、家族と喧嘩して借金もできなくなる。
売れそうな持ち物はすでに売却済みで何も持っていない。
もう、東京へ出かける交通費※2すら出せない。
彼は毎日無感激にこの退屈そのものに似た断崖の下を歩いている。地獄の業苦を受くることは必ずしもわれわれの悲劇ではない。我々の悲劇は地獄の業苦を業苦と感ぜずにいることである。
彼は「お金に困っている日々」という業苦を忘れるため、週に1回東京へ出掛けていたのだ。
しかし「東京へ出かける」行為自体が「業苦」の原因となっている。
無一文に近くなっても「東京に行きたい欲」をおさえられない彼は、同じ学校に勤務する尊敬できる先輩教師の粟野に窮状を打ち明けて、10円を借りることができた。
使うべきか、返すべきか
東京に行くためのカネを調達できたが、「十円札」を1枚、粟野から受け取った瞬間から安吉の葛藤が始まる。
彼は原稿料の前借などはいくらたまっても平気だった。けれども粟野さんに借りた金を二週間以上返さずにいるのは乞食になるよりも不愉快である。……
借りたお金を使ってしまえば、しばらくは返済できない。
いつまでも金を借りたままではプライドが保てない。
でも、使わずに返済してしまえば、東京に行けない。
葛藤の末、安吉が下した決断は?
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※1 芥川龍之介は大正5(1916)年から横須賀の海軍機関学校で英語教官をしていたとのこと(via 『芥川龍之介全集〈6〉 (ちくま文庫)』p.451)。
※2 現在は「横須賀-東京」の運賃はJRで片道1,080円(2018.4.19時点)。けっこうな値段だ。