貯金を取り崩す生活は不安か


「リタイア後も生活に困らないだけの貯金を作る」のがリタイアするための条件だとすると、「貯金を取り崩す」生活をすることが前提になっているはずだ。

いわゆる「自己啓発系」と思われる本を読んでいると、貯金を取り崩すことに恐怖を感じているようだ。例を挙げると、

老後の生活資金が確保できたとしても安心とはほど遠い。なぜなら貯金を切り崩す生活そのものが不安である。貯金を切り崩さないために、年金以外に年間100万円必要だとすると、利回り1%の金融商品で1億円、3%の金融商品で3,000万円投資している必要がある。

山崎将志著『残念な人のお金の習慣 (青春新書プレイブックス)』p.130

宝くじに当たった人って本当に幸せなのか。まわりからお金をねだられる不幸せがあるし、1度当たったら2度はまず当たらないので、当たったお金が減っていくだけの人生なんですよ。これは怖いですよね。私だったらどこかに預けて3%とか4%の金利をもらって、金利だけを使いますけど。

勝間和代、香山リカ著『勝間さん、努力で幸せになれますか』p.48


確かに、金利の一部だけを消費して生活できたら、元本は減らない。でも元本はいつ使うの?とわたしは思ってしまう。死んだ時に元本を丸々使わずに残ってしまう。こちらのほうがもったいないし残念だと思う。イチゴケーキを買ったのにイチゴを食べずに死んでしまうようなもの。

お金を稼ぐと言っても、生涯収入の一部を定期的に取り崩しているだけだ。元本の総額が明確な場合「貯金を取り崩す」と言い、不明確な場合「稼ぐ」と言うだけ。

ただ、「自分の貯金を自分に渡すだけでは味気ない。仕事の報酬として人様からお金をいただく方が幸福だ」というのなら仕事をして稼いだほうがいいかもしれない。

わたしの場合「自分のやりたいことができるのなら貯金を取り崩す生活はOK」なので、特に怖いと感じたことはない。

どうしても不安なら、エクセルで100歳までのキャッシュ・フローを試算するとか、逃げ切り計算機でシミュレートするとかすればいい。

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