松本清張著『カルネアデスの舟板』を読んだ。
初出版は1957年(昭和32年)だ。
当時から「歴史教科書問題」があることを知った。
日本の敗戦後、それまで主張してきた右翼的な学説から180度転換して左翼的な歴史理論に転向して人気教授となった主人公が描かれている。
右傾化
……社会科の歴史記述が「偏向」しているのは、当然だとしている。戦後、今までの旧い日本歴史は破壊され、その民主化は唯物史観的な左翼の理論に支えられて今日に及んでいる。それを支持してきたのは現場の学校教員である。若い教員ほど進歩的理論を抱き、全国に厖大な組織を持っている。「偏向的」な本が売れてきたのはそのためである。いや、売らんがために教科書会社がそのような内容をつくったのである。出版会社にイデオロギーはない。イデオロギーを教科書に盛ったのは、商売のための手段にすぎない。進歩的学者に執筆を依頼したのは、その手段の手段である。
「左傾的」な教科書を執筆して莫大な印税を稼いできた主人公だが、文部省の方針が変わる。
世の中が「右傾化」してきたのだ。
彼の教科書は「偏向的」な内容のために検定不合格となる。
教科書会社は手のひらを返して執筆依頼を断ってくる。
歴史の真実より商売が大事
文部省がそのような新しい処置に出れば、教科書会社は恐慌を来たして、その趣旨に副う教科書を作るに違いない。彼らは「思想統制反対」などと文部省に楯ついても始まらないことを知っている。先ず商売が第一である。教科書の発行部数は全国で千数百万部に上る。競争会社は互いに鎬を削っている。脱落してはならない。商売が絶対である。――出版社の編集は、教科書執筆陣から進歩的学者を閉め出すようになるだろう……
これは小説なのでフィクションだ。
が、真実を記載するはずの歴史教科書の内容が、役所の方針や出版社の営業方針でコロコロ変わる、ということがわかった。
「あなたはお金(=今の生活レベルを守る)のため、主張を180度転換できますか?」と読者に問うているようだ。「主張」が「金儲けの手段」に過ぎないのなら”YES”なんだろうな。
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