遊んで暮らすのが最高の幸福

seaside

会社を退職して2年近くになる。

正直な感想を言おう。

遊んで暮らすのは最高に幸福だ!

青木雄二著『ゼニの幸福論』(ハルキ文庫 1999)に同じようなことが書いてあった。

ほぼ同感なので引用する。

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遊んで暮らす至福

人間、遊んで暮らすのが最高の幸福である。

これはもう、遠慮会釈のない、実感であります。

そらね、僕だって、仕事の充実感というのは認める。仕事で充実しているときというのは、それなりに幸せである。

仕事がうまくいけば、たしかに達成感があって、満足できる。

(中略)

けどなぁ、そんな満足感は、なんといっても、遊んで暮らす幸福には勝てない。

これが、いま、なかば遊んで暮らしている僕の実感である。

サラリーマンを経験して早期リタイアした人のほとんどが抱いている感想を代弁していると思う。

「仕事で得られる達成感」は「遊んで暮らす幸福」には勝てない。

わたしの実感では「サラリーマン時代の仕事の達成感」は「遊んで暮らす幸福」には勝てないというべきだ。

セミリタイア生活の中で自分で見つけた仕事であれば、ひょっとしたら「遊んで暮らす幸福」を上回れるかも……今はそんな期待を持っている。

「遊んで暮らす」とは何をするのか

ちなみに、青木雄二が本書で披露している「遊んで暮らす」の内容は、

朝ゆっくりと九時頃に起きて、喫茶店で新聞六紙に目を通して、午後からは五百円の市民プールに行き、夕方からビールを飲みだす


という優雅、かつ質素なものだ。

以前に「「遊んで暮らす=浪費」という考え方では何億円あっても足りない」にも書いたが、「遊ぶこと=浪費」を期待しないならば、特に才能のない凡人でも遊んで暮らすことは可能だ。インターネットが登場して遊興費は限りなくゼロに近づいていく。浪費しなくても遊べるインフラはどんどん充実していくだろう。

競争がますます激化する資本主義社会では、どんなに才能があっても連戦連勝するのは不可能だ。まして凡人は言うに及ばず。

ならば、稼げる間に稼いで浪費せず、固定費も増やさないでおく。

ある程度たくわえができたらリタイア生活に入って優雅で質素な暮らしをする。

定年まで我慢する必要はない。

サラリーマン時代に本書を読んで、そう思った。

青木雄二のKindle本一覧

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