日本では賭博は持統天皇以来禁止

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先日、衆議院でカジノ法案(統合型リゾート(IR)整備推進法案)が可決されたが、面白いコメントがあった。

共産党議員の反対コメントだ。

「とばく禁止は持統天皇以来、689年のすごろく禁止令に始まる。近代法にも受け継がれている」と指摘して自民党を批判した。

カジノ法案批判「賭博は持統天皇以来禁止」(2016.12.2 毎日新聞)

共産党の議員が古代の天皇を持ち出すのも面白かったが、持統天皇が賭博を禁止したことは知らなかった。

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賭博禁止の歴史

日本人の借金の歴史が学べる本『金貸しの日本史』(水上宏明著 新潮新書 2004)によると、

日本で最初の賭博禁令は何かというと、それは三人目の女帝である持統天皇の三年(六八九)に出た「双六禁止令」(『日本書紀』)であった。天武天皇が博戯に興じたと記された四年後のことである。

p.21

『日本書紀』を読んでみると、確かに持統天皇3年12月8日に「双六を禁止された」とある(『日本書紀(下)全現代語訳』 (宇治谷孟訳 講談社学術文庫 1988)p.323 )。

夫である天武天皇が博戯(賭博)にハマりすぎて、妻の持統天皇が賭博を法律で禁じた、とも思える。

その後、孝謙天皇(女帝)の時代も、賭博禁令が出ている。

「賭博を放置すれば社会のモラルが崩壊して仕事も失う者が続出する」と心配したようだ。

罰則も規定されている。

賭博をした下級役人は鞭(むち)打ち100回の刑、中級~上級役人は懲戒免職と土地没収だ。

鞭打ちは痛いし、役職と財産を取り上げられて職場から追放されるのもほぼ「死刑」に近い。

賭博禁止令を出したのは女帝ばかり、というのも面白い。

歴代の女帝は、男たちが仕事を忘れギャンブルにのめりこんで転落していくのを見ていられなかったのかもしれない。

それだけ、日本では古代からギャンブルの胴元がかなりぼったくっていたともいえる。

日本版カジノの期待値は?

もし、日本にカジノができた場合、わたしが興味があるのは「期待値(還元率)」だ。

競馬、競輪といった日本の公営ギャンブルは期待値が75%だ(『ツキの法則ー「賭け方」と「勝敗」の科学』(谷岡一郎著 PHP新書 1997)p.219)。

一方、海外のカジノのゲーム(ルーレット、スロットマシン、バカラ、ブラックジャック等)の期待値はおおむね90%台だ(同書p.219)。

海外では、1万円をカジノに投じれば9000円程度は返ってくると「期待」できる。

もし、海外から客を呼ぼうと思えば、75%程度の期待値ではあまりにも少なすぎるだろう。

「期待値が75%でも賭ける」のはよほどのギャンブル依存症だ。

まとめ

  • 歴代の女帝(女性天皇)はギャンブルが嫌い。
  • カジノができたら、まずは「期待値」に注目する。
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