すっぱいセミリタイア

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grapes

仕事や人間関係に疲れたサラリーマンがセミリタイアブログを見つける。

ブログには、定年前にサラリーマンから足を洗ってのんきそうに生きている記録が綴ってある。

サラリーマンはブログを読んで怒りと悔しさがこみ上げてくる。

「セミリタイアといっても退職後もフリーランスで生活費のために働くんだろう?それってサラリーマンから下請けの自営業に変わるだけでこき使われることに変わりないやん。だったら今のサラリーマンの方がまし。セミリタイアなんかすっぱくてまずいだろう。誰が辞めてやるものか」

と「捨て台詞」を自分のブログに書く。

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すっぱいブドウ

上記で書いたのはイソップ童話「すっぱいブドウ」をアレンジした架空の話だ。

が、ありがちな話でもあると思う。

「すっぱいブドウ」は次のような話だ。

キツネがおいしそうなブドウを見つける。ブドウは高いところに成っている。食べようとして飛び上がるが届かない。何度飛んでも届かない。食べたいのに食べられない悔しさでキツネは「あのブドウはすっぱくてまずいに決まっている。誰が食べてやるものか!」と捨て台詞を吐いて、ブドウを食べずに去って行く。

ほしいけど手が届かないモノを「否定」することで安心感を得る、昔からある典型的な方法だ(だからイソップ童話に取り上げられている)。

セミリタイアは「すっぱい」か

もし、セミリタイアが「サラリーマンから自営業に変わるだけで”こき使われる”ことに変わりない」なら、確かに「セミリタイア = すっぱい」と言える。

しかし、幸いなことに「セミリタイア」は仕事も人間関係も自分で選べるライフスタイルだ。

「いやな仕事」「いやな人間関係」は断ることができる。

もし断れないのなら、サラリーマンを辞めた意味がない。

セミリタイアしても「やりたくない仕事を(生活費を稼ぐため)イヤイヤやっている」「つきあいたくない人と(カネのために)仕方なくつきあっている」なら、それは「セミリタイアがすっぱい」のではなく、その人個人の生き方が間違っているだけだ。

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