「分散投資って本当に有効なの?」と3年以上心配している理由

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資産運用において、分散投資すれば本当にリスクが下がるのか。

3年以上気になっている。

きっかけは自分で書いた次の記事だ。

「分散投資すれば安心」というのは幻想なのか
ノーベル賞お墨付きの投資理論で最適な分散投資をしても大損するかもしれない。 先日紹介した本『未来予測を嗤え!』(神永正博・小飼弾(著)...

冒頭を引用する。

ノーベル賞お墨付きの投資理論で最適な分散投資をしても大損するかもしれない

先日紹介した本『未来予測を嗤え!』(神永正博・小飼弾(著), 角川書店, 2014)によると、

「現代ポートフォリオ理論」にもとづいて金融資産を株、国債、REIT、外貨などに分散投資しても、それが最適かどうかはまったくわからない。

※強調は引用者による。

どうして「最適な分散投資」をしても大損する心配があるのか。

それは、投資の世界では「”分散”が存在しない」かもしれないからだ。

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「現代ポートフォリオ理論」は分散が存在する前提

「“分散”が存在しない」とはどういうことか。

分散投資について疑問を持つきっかけとなった本『未来予測を嗤え!』のp. 17から引用する。

経済や株価のデータを精密に研究した結果、どうやら分散が存在しないことがわかってきました。分散が存在しないとなると、「標本を多く集めれば集めるほど、より母集団に近い推測ができる」とは言えなくなってしまうんですよね。

(中略)

投資の世界では、分散投資におけるリスクを算出するために、現代ポートフォリオ理論(合理的な投資家がどのように分散投資を行うかを決定する理論)が用いられていますが、これなどもすべて「分散が存在する」ことが前提です。

もし、”分散”が存在すれば、過去のデータから期待リターンやボラティリティ(価格の変動の激しさをあらわす数値)を割り出すことができる。

結果、分散投資をすることで安心できる。

「国債は変動幅が少なく安定していて、株は変動幅が大きいから、国債と株に分散して”投資”することでリスクを下げる」というわけだ。

「分散が存在する」とは何か

しかし、”分散”が存在しなければ、いくら過去のデータを調べても、将来はどうなるか予測が困難となる。

例えば、2008年にリーマン・ショックが起こったとき「100年に1度の不況」とよく報道された。

「100年に1度」という言葉の中には「100年に1度くらい、リーマン・ショックのような”ふつうから大きく離れた大暴落”が起こるよね」という意味がある。

「“分散”が存在」するとは株価の変動に「ふつう」があって「ほとんどが一定の範囲内におさまり、極端に大きく変動することは100年に1度くらいしかない」ということだ。

もし、”分散”が存在しないなら「ふつう」がないから、数値は一定の値の近辺で安定することはなく、年中行事のように頻繁にリーマン・ショック級の株価大暴落が起こっても不思議ではない(逆に大幅な株価上昇も頻繁にあり得る)。

分散投資でリスク低減の役割を果たす「国債」も、「株より比較的安全」とは言えなくなり、国債価格が株価より価格変動が激しくなるかもしれない。

「“分散”が存在しない」なんて人間の皮膚感覚で理解できないから「トンデモ理論」のように思える。

が、気になる。

まとめ

分散投資やインデックス投資の有効性の根拠となっているノーベル賞を受賞した方程式は「分散が存在することが前提」になっているので、「安心材料」として過信するのは禁物だ。

▼帯(ウラ)
『未来予測を嗤え!』の帯

関連ページ【第2回】未来を予測することは可能か?|未来予測を嗤え!|小飼弾/神永正博|cakes(ケイクス)

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