「頑張る」ことは本当は楽しい

水野敬也著『夢をかなえるゾウ 文庫版』を読み返す。退職した直後に買った本だ。最初に読んだ時に心に残ったページに折り目をつけておいた。そこには次のように書かれていた。

「……頑張らなあかん、頑張って成長せなあかんてどれだけ思っても中々頑張れんのが人間やろ」

「そうですね。確かに、頑張ろうって決めてもすぐに嫌になっていしまいます

「何でそないなると思う?」

「それは……意志が弱いから?」

「まあそう思うわな。でもな、頑張ろうと思ても頑張れへん本当の理由、それはな『頑張らなあかん』て考える事自体が楽しないからなんや。人間は楽しいこと、やりたいことしかできないようになってるんや。

(中略)

「……心の底ではやりたない思てることや、嫌なことを無理やりやろうとするやろ。努力せないかん、我慢して頑張らなあかんいうて、努力することそのものを目的にして頑張ろうとするやろ。そんなもん続くわけないで。なんちゅうても、本音はやりたないんやから

僕はガネーシャの言葉に救われる気がした。成功している人の努力やストイックさは、なにか特別な力で自分を動かしているのだと思っていたからだ。


読んでいる自分も救われるような気がした。サラリーマン時代、上司や同僚に向かって発する「頑張ります」という言葉は、「頑張るふりをするので、私を批判しないで下さい」という意味しか持っていなかった。

退職した今は、自分が頑張りたいことだけをすればいい。これほど幸福なことはない。当面は「遊んで暮らす」ということを頑張ろうと思う。

一日の最後はな、頑張れんかったことを思い出して自分を責めるんやなくて、自分をホメて終わるんやで。そうやってな、頑張ったり成長することが『楽しい』ことなんや、って自分に教えたるんや

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