萩原朔太郎『僕の孤独癖について』

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萩原朔太郎『僕の孤独癖について』(青空文庫)を読んだ。

Kindle版でも無料で読める。

子供の頃から「人嫌い」「交際嫌い」だった著者が、どうやって引きこもりから脱出したのか。

引きこもり脱出マニュアル」として読んでも面白いかも。

ちなみに、わたしは高校時代の国語の授業では「萩原朔太郎は社会生活不適合者」と習った。

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交際を習慣化する

結論を言えば、「交際」を「習慣」にしてしまえば、「交際」が日常生活に必要不可欠なものとなる。

煙草や酒と同じく、交際もまた一つの「習慣」であると思ふ。その習慣がつかない中は、忌はしく煩はしいものであるが、一旦既に習慣がついた以上は、それなしに生活ができないほど、日常的必要なものになつてしまふ。

著作権が切れた作品だと、「ネタバレ」をズバッと言える(笑)。

交際が習慣化してしまった著者は、人と会わないと寂しく思うようになる。

この頃では僕にも少しその習慣がついたらしく、稀れに人と逢はない日を、寂しく思ふやうにさへなつて来た。煙草が必要でないやうに、交際もまた人生の必要事ではない。だが多くの人々にとつて、煙草が習慣的必要品であるやうに、交際もまた習慣的な必要事なのである。

「交際」は人が生きていく上で絶対に必要ではないが、習慣化してしまったので「必要事」となってしまったのだ。

まさに「煙草や酒」と同じだ。

孤独癖が改善してくると、著者の健康も改善して、人付き合いも楽になってきたという。

僕の孤独癖は、最近になつてよほど明るく変化して来た。第一に身体が昔より丈夫になり、神経が少し図太く鈍つて来た。青年時代に、僕をひどく苦しめた病的感覚や強迫観念が、年と共に次第に程度を弱めて来た。今では多人数の会へ出ても、不意に人の頭をなぐつたり、毒づいたりしようとするところの、衝動的な強迫観念に悩まされることが稀れになつた。したがつて人との応接が楽になり、朗らかな気持で談笑することが出来てきた。そして一般に、生活の気持がゆつたりと楽になつて来た。

日常生活でも精神的に楽になってきた。

しかし、これで「めでたしめでたし」とはいかなかった。

クリエイティブじゃなくなってきて、だんだん「凡人」になったのだ。

孤独と創作は一心同体

だがその代りに、詩は年齢と共に拙くなつて来た。つまり僕は、次第に世俗の平凡人に変化しつつあるのである。これは僕にとつて、嘆くべきことか祝福すべきことか解らない。

人付き合いが良くなってきた代償として「創作」のレベルが落ちてきてた。

創作は孤独の中から生まれる。

孤独の価値 』(森博嗣著 幻冬舎新書 2014)には「”孤独”は独創的な価値が産まれるための必須条件」とあった。

参照:孤独はカネになる

孤独を強いられて人を避けていた著者が、人付き合いがよくなって精神的に楽になった。

が、「作家→一般人」になってしまった。

「物書き」で食べているなら死活問題だ。

「孤独は天才の特権だ」といつたショーペンハウエルでさへ、夜は淫売婦などを相手にしてしやべつて居たのだ。真の孤独生活といふことは、到底人間には出来ないことだ。友人が無ければ、人は犬や鳥とさへ話をするのだ。畢竟人が孤独で居るのは、周囲に自分の理解者が無いからである。天才が孤独で居るのは、その人の生きてる時代に、自己の理解者がないためである。即ちそれは天才の「特権」でなくて「悲劇」である。

結局、萩原朔太郎は孤独癖が治ったことを喜んでいるのか、悲しんでいるのか、、、くわしくは本書で。

孤独の価値
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