「やるべきか・やらないでおこうか」と迷ったことは、大体において、やらないほうがいい。
出典は日本のセミリタイア者のバイブル『徒然草』の第98段だ。
著者の兼好法師が『
「やるべきか・やらないでおこうか」と迷ったことは、大体において、やらないほうがいい。
は引用した言葉のひとつ。
やらなかったことを後悔しない
何かをやるべきか・やらざるべきかで悩んで「やらない」を選択した場合、自分の行動力のなさや勇気のなさを責めて不愉快になったり後悔したりすることはままあるものだ。
そんなとき、「やるかやらないかで迷っているなら、やらないほうがいいよ」と兼好法師に言ってもらえたら安心する。
そう、「やるかやらないか」で迷うとき、本音は「やりたくない」のだ。
自分の本音に従って生きた方がラクだよ、ということなのだ。
他の4つの言葉も挙げておく。
- 極楽往生したければ高価な物は持つな。
- 出家した者は何も持たずに生きることが最高の生活だ。
- 位の高い者は低い立場になり、知者は愚者になり、金持ちは貧者になり、有能は無能になれ。
- 仏道を願うというのは時間に余裕がある身となり(つまりヒマになり)、世俗のことに心を煩わせないことである。
(『徒然草』(島内裕子(校訂・訳),ちくま学芸文庫,2010)p.194より要約)
現代のセミリタイア生活にも役に立つ言葉だ。
数百年の歴史があるセミリタイア
『徒然草』を読んで感じたのだが、日本のセミリタイア業界には『徒然草』『方丈記』のような日本の古典に加えて『老子』『荘子』『菜根譚』のような中国の古典まで、「セミリタイアの理論書・実践書」が充実している。
『徒然草』ができたのは通説では鎌倉時代末期(1330~1331年)らしいので、およそ700年近い歴史がある。
歴史的にも質・量ともこれだけセミリタイアに関する書籍(最近ではブログも)が充実しているのは日本だけではないだろうか。