「遊んで暮らす=浪費」という考え方では何億円あっても足りない

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リタイアする条件として短絡的に思いつくのが「一生遊んで暮らせるだけのお金がある」というのがある。

Yahoo!知恵袋「あなたが「一生遊んで暮らせる金額」って,一括でおいくらになりますか?」の回答に次のようなものがあった。

余命30~40年だとして。
まず都心にマンション。3億円。買い替え1回。3億円。プラス管理費など40年で5千万円。合計6億5千万円。
別荘1軒。長野に。1億円。管理費40年で5千万円。合計1億5千万円。
毎月不自由なく、でも極端な贅沢もせず、好きなものは無理せず買う(食べる)生活で月々100万円。40年で4億8千万円。
車や電化製品など、1~3年くらいの買い替え。3年ごとに1千万円。40年で1億3千万円。
旅行。働かない前提で、年に国内12回、海外6回。年2千万円。40年で8億円。

以上合計で22億円くらいあれば、もうなにもせずに遊んで暮らす覚悟ができます…。


「遊んで暮らす=浪費」という考え方で欲望を単純に積み上げていけば、上記回答のようにとんでもない金額になる。旅費だけで8億円って、宇宙にでも行くのだろうか。

リヤイアしてみたらわかるが、お金を浪費せずに遊んで暮らすのは十分可能だ、しかも無理をせずに。

そもそも、マンション、車、旅行のような、他人様が作り上げたパッケージを、何も考えずに消費することを「遊ぶ」と呼ぶことに違和感を覚える。

リタイア後の最大の資産は「時間」だ。時間を自由にぜいたくに使い、低コストで遊んで暮らす工夫をすればいい。サラリーマンを長くやっていると考える力が退化するので、思考力のなさをカネで解決しようとしがちになる。考える力を取り戻せば、サラリーマン時代の消費のほとんどが洗脳にもとづく浪費だと気づく。自然とお金は出て行かなくなる。

時間がたっぷりあるのだから、マンションなんか買わずに低コストのログハウスを自分で建てることに挑戦したらたらどうだろうか?

サラリーマンの財布にたかる人たちとリタイア後も付き合っていると、いくらお金があっても足りない。

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